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 解説安楽寺八角三重塔(国宝)

安楽寺八角三重塔が「国宝」という指定をうけているわけは、カラー写真のところで説明したが、ここからは少し詳しくその構造について解説しておきたい。
まず八角というめずらしい姿だが、かつて日本にも八角塔というものはあったことは記録・遺構等から明らかになっている。たとえば奈良の西大寺や京都の法勝寺などがそれである。しかしこれらは、いずれも古代に属する寺で、中世の寺として八角塔のあるのは、おそらくこの安楽寺塔の他はないだろう。
ところで、中国へ行って見ると、塔というものは、大体八角が通例である。(もちろん西安の大雁塔・小雁塔のように四角のものもあるけれども)そしてそれは、ほとんど磚(煉瓦の大きいもの)で出来ているが、原形は木造であったことは確かで、木の「組物」のかたちを詳細につくり出していることから知られる。
禅宗は中世、中国から入って来た宗教である。しかも安楽寺は開山・二世とも中国(当時は宋・元という国であった)と関係が深い人で、とくに二世の幼牛恵仁さんは中国生まれの人であった。この安楽寺八角塔は、その手法から二世恵仁さんのころ(鎌倉末ころ)建てられたとする公算が強い。とすればこの恵仁さんが故国の塔の意匠をとり入れて造営したのが、この八角というかたちを生んだものと考えてそう不自然ではない。次に示した写真は、現在、中国山西省応県に残っている仏宮寺の八角五層の木造塔だが、八角塔である点、最下層に裳階がついている点など、安楽寺塔とよく似たかたちをしていることに注意してほしい。(ちなみに応県は有名な五台山=山西省北部=の近くにある。後に元の国の仏教道場であった。この塔は11世紀、遼のころの造立といわれるが元時代にも、もちろん仏教道場であったろう。)
次に安楽寺塔の特色は純粋な「禅宗様」の方式によっていることにある。禅宗の寺だから「禅宗様」であるのはあたり前といえばそれまでだが、いまわが国に残っている禅宗寺院の塔七つのうち、純粋に「禅宗様」によっているのは、この安楽寺の塔しかない。その他のうち、二つは折衷様、三つは和様で、もう一つは一・二重が和様、三重が禅宗様である。だから禅宗寺院だから「禅宗様」ときまってはいないことがわかる。しかし、この安楽寺塔は、八角という意匠からわかるように、中国からつたえられた方式を意図的にとりいれたので、その様式もとくに純粋の「禅宗様」にしたものであろう。
 
撮影日:
地区/自治会: 16別所温泉/院内
シリーズ: 塩田平の文化と歴史 4解説
登録されているキーワード: 神社 史跡 観光 
 
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