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 解説中禅寺薬師如来光背

「光背」というのは、仏像のうしろにあって、光明をあらわすもので、ふつう”御光”(後光)などといわれている。
「御光がさしているようだ」という言葉があるが、もともと仏の尊さを光と考えるところから生れた表現である。樹の間からもれる太陽の光のように、仏からも光が放射しているという思想が根本にあったものだろう。
この「光背」は、仏体の頭のうしろにある円形(頭光という)、身体のうしろにある大きな円形(身光という)と、さらにその周囲をとりまく舟形の彫刻の部分とが組み合わさっているものだが、(二つ先の写真参照)、中禅寺薬師如来の場合は、周囲の舟形はなくなり、「頭光」と「身光」の部分だけが残っている。しかも写真でみるように、ずいぶん欠けてしまって、彫刻の一部だけしかみられないのが残念である。
だが、よくみると、「頭光」にある「宝相華」(想像上の花)の透彫りや「身光」の下にお皿のように開いた「光脚」(「光背」の台となるところ)の蓮華形の彫り方など、なかなか形がよく、洗練された美しさをもっている。
次の写真は、京都三千院の阿弥陀如来(藤原末期)の光背で、「光脚」の部分などこの薬師如来とほぼ同時代の作だけあって大へんよく似ているが、おそらく中禅寺薬師如来の「光背」も、完全なときはこのような美しく荘厳なものであったろう。故倉田文作先生は、「この光背の彫刻は、金色堂の諸像に似た藤原末期の典型と思われるが、大部分が欠けてしまっているのは、いまさらのように惜しまれる」と言われた。
 
撮影日:
地区/自治会: 15西塩田/西前山
シリーズ: 塩田平の文化と歴史 4解説
登録されているキーワード: 神社 その他の文化 観光 
 
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