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 笹井の巻

城下の水源「常田堰」
真田氏が領有していた頃の笹井は、篠井村と呼ばれていました。これが笹井村となるのは上田城主が仙石氏になってからと考えられています。
神川沿いの篠井久保地籍には常田堰の取水口があることでも知られています。常田堰は神科台地の水田を潤し、国分、踏入、常田などの田畑を潅漑しながら、新屋堰、笹井染屋堰などを合流して蛭沢川となり、上田城下町の用水や城の堀水となるなど、きわめて重要な堰でした。つまり笹井は上田の大切な水源の村でもあったのです。
笹井から神川を渡る地点に架けられた境橋は、祢津街道に属する橋ですが明治の初期までは神川橋と呼ばれ、隣村の林之郷などと何度も架け替え工事をしております。明治14年にはその名を栄橋と改めその後、境橋となりました。なお、笹井を経由する祢津街道は古くからありましたが、明治33年に郡道として改修工事が行われ、道幅も広く整備されました。
 
撮影日: 平成4年12月19日
地区/自治会: 10神科/笹井
シリーズ: 上田ところどころ 地域
登録されているキーワード: 史跡 農林水産業  
 
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